メリー・ザマニ(mosarz)の記録より

メリー・ザマニ(mosarz)

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静寂の中に、星々の歌を描いた女性


私の旅は、1961年4月23日、一人の少女の誕生とともに始まりました。まだ世界を知るずっと前から、その少女は、自分の内側にあるものを何らかの形で表そうとしていたように思います。

私の名はメリー・ザマニ。創作の世界では、mosarz というアーティスト名で知られるようになりました。

私の人生は、人間、自然、美、悲しみ、そして存在を結ぶ、目には見えない一本の糸を探し続ける旅でした。

その糸は、あるときは詩となり、あるときは幾何学的な線となり、あるときは星の動きとなり、そしてあるときは、一枚の絵に宿る静寂となって現れました。

この道は幼い頃に始まり、長い年月を経て、やがて『The Silent Oracle』へと結実しました。

Chapter I

声から始まった少女時代

私が初めて芸術の世界に触れたのは、ラジオの子ども向け番組でした。

幼い頃、私は子ども向けのラジオ番組に出演し、詩を朗読していました。そこで初めて、声と詩、そして表現の世界に足を踏み入れました。

私にとってラジオは、単なる媒体ではありませんでした。

声は距離を越え、まだ見ぬ誰かの心へ届くことができる。

そのことを、私は幼い頃に知ったのです。

9歳になる頃、詩はさらに深く私の内側を流れ始めました。

言葉は、まるで遠いどこかから届けられ、それを私が受け取っているかのようでした。自分で生み出しているというよりも、心の中に窓が開き、そこを言葉が静かに通り抜けていくように感じていました。

父は、私の詩のいくつかを匿名で新聞に掲載しました。

早すぎる評価や注目によって、私の想像力や直感の繊細な根が変わってしまうことを、父は望んでいなかったのです。

世界が私を見るようになる前に、まず私自身が世界を見ることを学んでほしかったのでしょう。

だから私の少女時代は、観察の時間でした。

蟻を眺め、

植物が育つ気配に耳を澄まし、

空を見上げ、

そして、ほかの人なら何気なく通り過ぎてしまうものの中に意味を見つける。

おそらく、私の絵の最初の種は、そこに蒔かれたのだと思います。

幾何学と悲しみの結びつき

Chapter II

詩とともに、数学、天文学、そして幾何学への関心も少しずつ形を帯びていきました。

星々の動きの中に、私は驚くほど美しい秩序を見ました。

自然は、ときに混沌としているように見えます。

けれど、その奥には静かで目には見えない調和がある。私はそう感じていました。

その感覚は、やがて私の絵画の言語となりました。

私にとって幾何学は、決して単なる線や角度ではありません。

それは、感情の骨格にもなり得るものです。

数字にはリズムがある。

そして混沌の中にも、まだ人間の目が見いだしていない秩序がある。

そう感じるようになりました。

心理学や哲学を学ぶ中で、人間の内なる世界もまた、私にとって大切な探究の対象となりました。

そして次第に、科学と芸術とは異なる二つの言語でありながら、同じ一つの問いへ近づいているのだと考えるようになりました。

私たちは、この世界で何を見て、何を感じているのだろう。

筆を手にするとき、私は秩序と自由のあいだに立っていました。

幾何学と感情。

理性と直感。

絵画は、それらの世界が出会う場所となりました。

日本―静けさ、変容、そして新しい眼差し

Chapter III

若い頃、人生は私を日本へと導きました。

日本は私にとって、単なる一つの国ではありませんでした。

私の芸術観、そして人間への眼差しが形づくられていくうえで、大切な一章となった場所です。

桜、静けさ、規律、そして日本文化に宿る繊細な美。

その中で私の芸術への理解は深まり、仏教思想や人間の心の探究にも、より深く触れるようになりました。

しかし私は、人生をアトリエやギャラリーの内側だけから理解したいとは思いませんでした。

私は重工業と製鉄工場の世界へ入りました。

鉄。
炎。
酸。

巨大な機械。

重量。

そして過酷な肉体労働。
そこで私は、物質が変容していく姿を目の前で見ました。

鉄は切られる。

炎の中で姿を変える。

圧力によって形づくられる。

そして、そのすべてを経て、新しい形が生まれる。

そこで私は知りました。

何かが新しいものへと生まれ変わるためには、ときに困難をくぐり抜けなければならない。

その経験は、やがて人間という存在を理解する私の視点の一部となりました。

私はその厳しい世界の中で、正義、平等、人間の尊厳、そして美について考え続けました。

Chapter IV

芸術が人へ還るとき

私にとって絵画は、決して壁に飾るためだけのものではありませんでした。

長年にわたり、芸術活動によって得た収入のかなりの部分を、人道的な支援のために役立ててきました。

手術室の設備を整えるための支援や、困難な状況にある女性や子どもたちへの支援です。

また、刑務所の壁の近くで絵を描いていた時期もありました。

刑務官の中には私の作品を購入してくださる方もいました。その売上を、刑務所の外に家族や支援者のいない受刑者たちのための食料や生活必需品に充てました。

私にとって、芸術と人への支援は、決して別々のものではありませんでした。

一枚の絵は私の手から始まり、ときには別の誰かの人生の中で、新たな意味をもって生き続けていくのです。

Chapter V

ノルウェー―絵画が支援へと変わったとき

2003年12月26日、イランで壊滅的な被害をもたらしたバム地震が発生しました。

その約一週間後、私はノルウェー・オスロのグロンランド地区にある Intercultural Museum(IKM)でチャリティー展を開催しました。

当時、ノルウェーの人々もまた、被災者を支える救援活動に力を寄せていました。

私の作品の多くを被災者支援のために販売し、その売上金を赤十字へ寄付しました。

その日、絵画は私にとって新たな意味を帯びました。

キャンバスは、もはや単なるキャンバスではない。

色も、もはや単なる色ではない。

一つひとつの作品が、助けたいと願う人と、苦しみの中にいる人とのあいだをつなぐ橋になり得る。

そう感じたのです。

また、さまざまなギャラリーで、がんと闘う子どもたちを支援するために作品を販売したこともありました。

芸術は額縁の外へ出て、人の暮らしの中へ入っていくことができる。

そのことを、私は以前にも増して強く感じるようになりました。

Chapter VI

世界をめぐる私の芸術

私の芸術の歩みは、日本、アメリカ、ノルウェーをはじめ、それぞれ異なる文化との出会いによって形づくられてきました。

長年にわたり、作品はさまざまな展覧会で発表され、その一部は個人コレクションにも収められています。

アメリカの国際放送局 Voice of America(VOA)でも、私の展覧会や芸術活動が取り上げられました。

私が詠んだ二篇の俳句を添えた二点の絵画は、明仁天皇(現・上皇)に献呈されました。

作品『Autumn(秋)』は、元アメリカ大統領ビル・クリントン氏が所有しており、かつて一定期間、ホワイトハウスに展示されていました。

この旅の中で、文化、芸術、音楽、政治や公共の世界で活躍するさまざまな人々と出会う機会にも恵まれました。

その中には、バラク・オバマ氏やクインシー・ジョーンズ氏もいます。

けれど私にとって、こうした出会いの価値は、その人の名声にあるのではありません。

心に残っているのは、人と人とのつながりです。

芸術が、二人の人間、二つの文化、あるいは二つの土地のあいだにある距離を縮める、その瞬間なのです。

メリーとクインシー・ジョーンズ

世界を巡る私のアートの旅

日本

沈黙と変容が、私の教師となった。

展覧会やメディアを通じて、私の声は新たな人々に届きました。

アメリカ

芸術は、癒やしと人道的奉仕の架け橋となりました。

ノルウェー

そして今……The Silent Oracle

年月が流れました。

詩は色になりました。

色はイメージになりました。

イメージは記憶になりました。

そして、その記憶がやがて『The Silent Oracle』へと集まっていきました。

『The Silent Oracle』には、77点のオリジナル絵画が収められています。

一つひとつの作品に、詩、解釈、思索、そして直感から生まれたメッセージが添えられています。

七十七の絵。

七十七の扉。

七十七の、立ち止まり、自分の内側を見つめるための瞬間。

けれど、『The Silent Oracle』はこの旅の終着点ではありません。

これは、ほんの始まりです。

この本は、長い年月をかけて私の心と魂の中で形づくられてきた世界へと開く、最初の窓です。

そこでは、絵画、詩、音楽、自然、建築、彫刻、そして庭園が、一つの世界の中でともに息づいています。

私の夢は、近い将来、皆さんの支えと歩みをともにしながら、この本がページの外へと広がり、生きた芸術の世界へ成長していくことです。

いつの日か、そこには庭園、展覧会、美術館、芸術や教育のための空間、音楽、そして人々が芸術をただ眺めるのではなく、実際に体験できる場所が生まれるかもしれません。

芸術の中を歩ける場所。

詩を感じられる場所。

音楽が呼吸する場所。

そして、自然が芸術の背景にとどまらず、芸術そのものの一部となる場所。

『The Silent Oracle』は一冊の本です。

けれど、その背後にある夢は、一冊の本よりもずっと大きなものです。

幼い頃に始まったすべて――ラジオ、9歳の頃の詩、星々、幾何学、心理学、哲学、日本、製鉄工場、ギャラリー、私が出会った人々、そして関わってきた人々の人生――その一つひとつが、少しずつ一つの表現言語へと結ばれていきました。

私は長いあいだ、人間、自然、美、そして存在を結ぶ、目には見えない一本の糸を探し続けてきました。

もしかすると私は、ずっとその糸を描いていたのかもしれません。

そして『The Silent Oracle』は、その糸をそっと皆さんの手に託すことのできる、最初のかたちなのかもしれません。

これは、ほんの最初の一歩です。

この旅の続きを、皆さんとともにつくっていきます。

Mary Zamani — mosarz